5月18日 そこにあるつながりに気づく

アートフォーラムあざみ野での、「黄金町のアーティストたち展」パンフレットのためのアーティストステートメントを書きました。もうちょっと直すかもしれないです。
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そこにあるつながりに気づく

思いついちゃったからしょうがないので、つくります。絵にしたほうがいいのか、みんなで遊んだりした方がいいのか、また他の方法があるのかはその後で決めるのですが、「あ」って思いついてまずはそこからです。

思いついちゃったからしょうがないっていう態度は、作品について難しく考えすぎること、あるいはいい絵を描きたいとか、なんかすげえの作りたいと張り切っちゃうようなことからたぶんぼくを助けています。

思いつくのはだいたいだじゃれ、音韻連想です。それから形のだじゃれや関係のだじゃれなど。くだらないねと言われてもまあいいのですが、でも笑わせたいわけでもないのですが、とにかくだじゃれを思いつくこと、(というとかっこ悪ければ、)「そこにあるつながりに気づくこと」が、ぼくにとっての作品のはじまりのような気がします。
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思いついちゃった最近の絵は「千年パーマ」です。もちろん天然パーマからきていて、だじゃれです。「千年」と「天然」って似てるなぁ、と気づいてつながって、言葉の両側から意味がじわじわと混じってきたりして、そんなイメージから絵が描けそうになって、じゃあ思いついちゃったし描こうか、と画用紙を広げたりします。

思いついても絵ではなく遊びになったりする時もあります。「微分帖」というのはみんなでおはなしの本をつくるあそびで、「美文調」ということばからきています。詳しい説明は省きますが、これは文の構造と本の構造のつながりから出来ているあそびで、関係のだじゃれです。このあそびで2年ちょっとの間に500冊の微分帖が出来て、それでつながったいろんなものごともありますが、その話はまた別のときにします。

思うに、古今東西多くの美術家芸術家にとってつくることと見つけることが、同じではないにせよ近似ではあるように、現在ではつなげることとつながりに気づくことの間にもそんな関係があるのかもしれません、し、これも思いつきだったり。(宮田篤2010年5月)

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by ochakann | 2010-05-19 00:22 | ことばの壁

【ちくちく地区:井野団地/宮田篤+笹萌恵】(取手アートプロジェクト/茨城)


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